HbA1c 目標値をめぐる公開討論会
合併症予防のためのHbA1c目標値は7.0%未満です。
平成25年5月31日まで6.9%未満でしたが、諸外国のガイドラインに合わせて 熊本宣言(糖尿病学会)で 7.0%未満に変更しました。
ガイドラインを合わせたということで、どの国でも同じ目標値という印象を受けます。しかし必ずしも統一されているわけではありません。米国では、昨年(2018年)米国内科学会(ACP)が7%と8%の間にすべきと言い出しました。このACPガイドラインは物議をかもし、7%未満を主張する米国糖尿病学会(ADA)と大喧嘩になりました。
先月(2019年3月)米国内分泌学会がニューオリンズで開かれた。この学会の中でHbA1c目標値をめぐる公開討論会が開かれました。ADA、ACPのそれぞれの立場にいる人が講演し、討論の前後で聴衆(学会参加者)が投票しました。
討論前の投票ではADA支持(HbA1c7%未満)が82%、ACP支持が(同7-8%)が18%でした。ACPを支持する人はかなり少ないです。ところが討論終了後の投票では、ADA支持が58%、ACP支持が42%と差が縮まりました。
ACPのガイドライン作成者、ウィルト医師は何を訴えたのでしょうか。
彼はまず「5-10年間HbA1c7%未満を達成しても臨床的なレベルで最小血管症(眼、腎、神経合併症)・大血管症(心血管系合併症)を減らさなかった」ことをあげました。ここで注意すべき点は、ACPガイドラインは UKPDS、ADVANCE、ACCORD、 VADT研究といった旧来の薬を使用した大規模研究だけを評価していて、新薬を使用した研究を考慮していないことです。
新薬は低血糖を来さず、心血管系イベントを減らすなど旧来の薬より魅力的です。しかしとても高い薬です。ウィルト医師はそこをつきました。彼に言わせますと、「高価なのは、低血糖がないという手軽さのコストです。合併症低下については、開発されてすぐの薬なのでまだはっきりしていません。新薬はそのコストに見合うだけの値打ちはありますか?」。
米国の高価な薬トップ25の中に糖尿病新薬が6つも入っています。糖尿病新薬はとっても高いのです。そして心血管系イベント減少がその値段に見合うかどうか、誰も計算していないと彼は主張しました。
どこまでコストを許容するかは難しい問題です。低血糖リスクの評価についても意見が分かれます。どちらの主張も間違っていないのでしょう。目標値は画一的でなく、個別に相談して決めるのが良いのかもしれません。
両発表者の利益相反情報です。ADA側の講演者は多数の製薬会社・学会から経済的支援を受けています(Adocia, ADA, AstraZeneca, Dexcom, Elcelyx, Eli Lilly, Fractyl, Intarcia, Lexicon, Metavention, National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases, National Institute of Environmental Health Sciences, NovaTarg, Novo Nordisk, Sanofi, Shenzhen Hightide Biopharmaceutical, VTV Therapeutics, Boehringer Ingelheim, Johnson & Johnson, National Center for Advancing Translational Sciences, National Heart, Lung, and Blood Institute, Patient-Centered Outcomes Research Institute, and Theracos)。
ACP側の講演者は製薬会社・学会からの経済的支援を受けていません。
平成31年4月13日
糖尿病患者の基礎エネルギー消費は多い
現在の栄養指導では「糖尿病患者のエネルギー消費は健康人より少ないという設定」で栄養指導が行われています。
例えば「日本人の食事摂取基準2015年」を読みますと、50-69歳男性の参照体位は166.6cm、65.3kgです。この体格で活動レベル1(生活の大部分が座位)の人の栄養所要量は2100kcalです。
ところが同じ体格の糖尿病の人は1530-1830kcal(軽い労作:25-30kcal/kg)と低いエネルギー量の指示がなされ、重い労作に従事している時に2100kcalが指示されます(糖尿病食事療法のための食品交換表)。随分違いますね。
最近の論文(Frontiers in Nutrition 2016)を読みますと、糖尿病患者の基礎エネルギー消費(BEE)は高いとされています。栄養指導の設定と逆ですね。HbA1cが8%を超えている人は健常人よりBEEが7.7%高くなります。糖尿病がコントロールされて安定すると、BEEの増加はなくなります。
糖尿病患者の基礎エネルギー消費(BEE)が高い理由として、(1) 尿糖で喪失する糖が計算上BEEを上げる、(2) 糖新生がBEEを上げる ことが考えられています。糖新生は「肝臓で新たにブドウ糖が作られる」ことで、糖尿病では糖新生が亢進しています。
実は糖尿病食事指導にある低めのエネルギー設定には根拠がありません。3年前の糖尿病学会の講演(勝川Dr)では、「低めのエネルギー設定は食品交換表作成委員会で提案され、根拠となったデータ公表がない」そうです。「糖尿病患者は摂取エネルギーを過小評価するので、少な目の設定で問題なく使われてきた」のが実情です。もし過小評価をしないのであれば、もう少し多めのエネルギー量を指示すべきです。
なお、糖尿病患者では健常人に比べて「運動によるエネルギー消費(AEE)」が少ないです。これは主に「糖尿病患者はあまり運動しない」ことと関連しています。その他の原因も考えられていますが(神経障害が進行すると歩き方が変わるなど)、運動することをぜひお勧めします。
平成30年12月13日
週に数回の食事療法
食事療法の基本は適正なカロリー摂取です。毎日続けるのが原則ですが、週に数回、強めのカロリー制限を行う方法が提案されました。実験的な食事療法ですが、これまでの食事療法と比べて悪くないという成績です。2つ論文が出ています。
最初の論文(JAMA 2018)は、
(1) 1200〜1500kcalを毎日
(2) 500〜600kcalを週2日、〜2100kcalを週5日
の2群を比べたものです。1週間あたりの総カロリーは2群でほぼ同じです。
137人(平均61歳、BMI36.0、HbA1c 7.3%)がこの研究に参加し、97人が12ヶ月間の食事療法を完了しました。
参加者の中には、2割の人ですが、SU剤やインスリンを使っています。この人たちはカロリーを強く制限しますと、低血糖を起こすリスクがあります。そこでカロリー制限の強い日の服用量やインスリン単位数を減らす相談を前もって行い、また自分で測定した血糖値が低い場合もすぐに相談して、低血糖リスクを下げています。
HbA1cは (1) 群で -0.5%、(2) 群で-0.3%と両群とも下がり、両群間に有意な差はありませんでした。体重減少は、(1) 群で -5.0kg、(2) 群で -6.8kg 下がり、両群間に -1.8kgの差がありました。脂肪量減少の両群差は -1.3kg、除脂肪体重減少の両群差は-0.5kgでした。体重変動はばらつきが大きいため、残念なことに両群間で有意差が出ませんでした。本文中には300人くらいの規模の研究への期待(検出力が上がる)が書かれています。
2つめの論文(BMJ Case Report 2018)は、わずか3人の症例報告です。インスリンを70単位以上使っている人が対象で、隔日にあるいは週に3日強いカロリー制限(夕食のみ摂取)を行いました。全例とも〜10kgの減量に成功し、インスリン注射が不要になりました(2例が飲み薬も不要、1例が飲み薬1剤のみ)。
2つの論文は週に数回程度の強いカロリー制限が有効である可能性を示しています。毎日のカロリー制限がストレスになる人には、間欠的ダイエットの方が続けやすいかもしれませんね。
なお、両論文とも医師と十分に相談した上で行っています。慌てて行わないようにして下さい。
平成30年11月19日
糖尿病をきちんとコントロールすれば死亡リスクは上がらない
糖尿病があると、全死亡や心血管イベントが2-4倍に増えるとされています。最近、糖尿病と危険因子をきちんとコントロールすると「死亡リスクが変わらない」という成績が出ました(NEJM 2018)。とても興奮する内容です。
舞台はスウェーデンです。2型糖尿病271,174人と年齢、性別、県をマッチさせた対象1,355,870人と比べています。観察期間は5.7年で175,345人の死亡がありました。
危険因子を5つ設定しています。
1)HbA1c 7%以上
2)血圧 140/80mmHg以上
3)アルブミン尿(微量〜顕性蛋白尿)
4)喫煙
5)LDLコレステロール97mg/dl以上
この危険因子が5つとも無い場合、全死亡、急性心筋梗塞、脳卒中ともにリスクが一般集団と変わらなかったのです(それぞれのリスクは、1.06、0.84、0.95でした)。残念なことに心不全だけは危険因子が5つとも無くてもリスクが高く、1.45でした。
全死亡に最も強い影響を与えた因子は喫煙であり、心筋梗塞・脳卒中では、HbA1cでした。
危険因子を減らすには相応の生活習慣管理が必要です。しかしやっていく値打ちはとても大きいと思います。
平成30年8月30日