GLP1製剤による心血管イベント、心血管死の抑制(続)
以前に「リキスミア(リキセナチド)は心血管系イベントを抑制しないが、ビクトーザ(リラグルチド)、セマグルチドはこれを抑制する」ことを紹介しました。今回はこの続きです。リキスミアの1週間製剤であるビデュリオンの報告が出ました(NEJM 2017)。
この研究では、14,752人(北米25%、南米18%、ヨーロッパ46%、アジア10%)、平均62歳(38%が女性)、平均肥満指数(BMI)32kg/m2、平均罹病機関12年の人が対象です。
主要評価項目は心血管系疾患による死亡、非致死性の心筋梗塞・脳卒中です。平均3.2年観察していますが、ビデュリオンに主要評価項目の抑制効果はありませんでした(主要評価項目はビデュリオン群で11.4%、偽薬群で12.2%におこり、相対リスク0.91)。
これまでの成績と合わせますと、ビクトーザやセマグルチドには心血管系イベントの抑制効果があり、リキスミア、ビデュリオンにはなさそうです。製品による違いでしょうか。それとも研究デザインの違いでしょうか。同じ使うなら、抑制効果のありそうな薬剤の方を使いたいですね。
平成29年10月6日
ランタスとトレシーバの比較
ランタス(インスリングラルギン)は24時間にわたり、「ほぼ一定のインスリン作用が続く」ことを期待して作られた持効型インスリン製剤です。とてもよくできた製品で、これまでインスリン頻回注射療法の基礎分泌補充にはNPHインスリン(中間型インスリン)が使われていましたが、これをほぼ駆逐しました。ランタスはサノフィ社が開発しましたが、バイオ後続品も出ています。3倍濃くしたランタスXRも開発されています(ランタスXRはランタスより作用持続時間が長くなっています)。
サノフィ社のランタスに対抗してノボ社はレベミルを、引き続いてトレシーバを開発しました。トレシーバはほぼ2日作用します。リリー社も持効型インスリン(ペグリスプロ)を開発しようとましたが、成績が良くなく中止しました。これら持効型インスリン製剤のポイントは作用持続時間です。作用持続時間が長いほど効果が平坦になって作用の山や谷が少なくなり、低血糖リスクが少なくなります。
最近トレシーバの安全性をランタスと比べた成績が発表されました(DEVOTE試験: NEJM 2017)。
対象は2型糖尿病7637人で、85.2%の人に心血管系/慢性腎疾患があります。平均年齢は65.0歳、糖尿病の罹病期間が16.4年、HbA1c8.4%です。研究デザインは二重盲検法で、トレシーバに3818人、ランタスに3819人振り分け、24ヶ月観察しました。一次複合エンドポイントは主要心血管系イベント(心血管系疾患死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)です。
HbA1cは両群とも7.5%まで改善し、インスリン臨床効果は同等でした。一次複合エンドポイントはトレシーバ群で8.5%、ランタス群で9.3%に起こりました。両群間に差がなく、トレシーバはランタスと同等の安全性があることが確認されました。重症低血糖については、トレシーバ群(4.9%)の方がランタス群(6.6%)より少ない成績でした。この研究は「トレシーバがランタスに比べて悪くない(非劣性)」ことを検討するために行われ、その目的は無事検証されたようです。
この研究を別の視点から見ますと、低血糖の回数に差があっても心血管系イベントは変わりませんでした。どうも「重症低血糖は心血管系イベントを増やして死亡を増やす」というシナリオはなかったようです。このシナリオはアコード試験以後強調されていましたが、主要心血管系イベントには、不安定プラークなど他の要因の方が大きいようです。
平成29年8月25日
バイオ後続品インスリン:超速効型も開発
以前にリリー社によるバイオ後続品(バイオシミラー)インスリンの紹介をしました。先発品はサノフィ社のランタス(持効型インスリン)です。お返しというわけではないでしょうが、サノフィ社がリリー社のヒューマログ(超速効型インスリン)のバイオ後続品を作成しました。まだ未発売ですが、まず欧州で認められる方向です。
サノフィ社は世界有数の製薬会社で、自社先発品としてアピドラ(超速効型インスリン)を販売しています。2つの超速効型インスリンをサノフィ社がどう売り分けるのか、ちょっと気になります(アピドラの方がヒューマログより吸収がちょっと速いようです)。
インスリン製剤もバイオ後続品が続けて出るようになり、市場が成熟してきた感じがします。持効型と超速効型のインスリンがあれば、かなり多くのことができます。我が国では2社からランタスのバイオ後続品が販売されていますが、超速効型インスリンのバイオ後続品も使えるようになると良いですね。
現在インスリンは利益追求のための商品です。とくに米国はひどい状態で、インスリンの値段が10年間で3倍と、特許で守られている以上に上がりました。米国糖尿病学会がインスリンの値段を下げるようキャンペーンしていてびっくりします。リリー社のバイオ後続品はインスリンの値段破壊の突破口として働いているようです。
注: 米国は日本と違って薬価は自由競争です。インスリンの値段が上昇したのは、自由競争が働かなかったためです。
インスリンはバンティングとベストが発見し、コリップが人に使えるまで純粋にしました。3人は粗悪品が出回るのを怖れてインスリン特許をとりました。実はバンティングは最初は特許をとることすら拒否していました。しかし共同発見者の名前を伏せて特許がとられたなら、ベストが偽証罪で告発される可能性があり、バンティングも特許人になりました。3人はその特許をトロント大学にそれぞれ1カナダドルで譲っています。本当にわずかな額ですね。インスリンが必要な人がすぐにインスリンを使えるように、という配慮からです。
平成29年7月29日
新しい糖尿病薬の開発:もともとは喘息の薬
引き続いて糖尿病新薬の可能性を探る研究のお話です。
「肥満とインスリン抵抗性(糖尿病)は炎症で繋がっている」という見方があります。動脈硬化もそうですが、病気の細かなところをみると、炎症と同じ反応が起こっています。小さな炎症ですので、これを捉えるには通常より高感度のCRP検査が使われます(注: CRPは一般的な炎症反応の検査です)。
炎症が疾患の土台にあるなら、炎症に着目して糖尿病新薬が探せるかもしれません。これまでにない戦略です。今回は、炎症性リン酸化酵素(キナーゼ)であるIKKepsilonとTBK1に着目した研究を紹介します(nature med 2013、Cell Metab 2017)。
研究はまだ初期段階で、糖尿病の人にすぐに勧められるものでないことをお断りしておきます。まず研究の背景ですが、脂肪の多い食事を摂りますととNF-κB(転写因子として働く蛋白質複合体)の活性化が起こり、肝臓と脂肪でIKKepsilonとTBK1が誘導されます。誘導されたIKKepsilonとTBK1は抗炎症プログラムを開始してエネルギー貯蔵を持続させます。
この2つの酵素(IKKepsilonとTBK1)を阻害する物質として、著者たちは 150,000の化学物質を探索し、アンレキサノクスを見つけてきました。アンレキサノクスは我が国で開発され、すでに喘息やアレルギー性鼻炎の薬として認可されている薬です(ソルファ: 1987年発売)。
最初に肥満マウスで検討しました。アンレキサノクスを肥満マウスに投与しますと熱産生が亢進してエネルギー支出が増え、体重が減少し、インスリン感受性、脂肪肝が改善しました。
次がヒトの研究です。対象は「肥満、非アルコール性脂肪性肝疾患のある2型糖尿病42人」で、アンレキサノクスあるいは偽薬を12週服用してもらいました。
アンレキサノクスは1/3の人に効果があり、HbA1cが0.5%以上低下しました。効果があった人はCRPが高く(高炎症状態)、生検した脂肪組織をみると炎症に関わる遺伝子が活性化されている人でした。炎症に重要なサイトカインであるIL-6の増加があり、エネルギー支出、脂肪細胞の褐色化(ベージュ化)に関わる遺伝子発現の多い人でした(アンレキサノクスで1100ほどの遺伝子発現が変わるそうです)。
注: IL-6は炎症を促進するサイトカイン(免疫系細胞からでる生理活性蛋白)として知られていますが、炎症を抑える作用もあるようです。IL-6が働かないようにしたマウスに「餌で肥満を起こさせる」と耐糖能が著しく悪化します。IL-6の働きがなくなると、インスリン抵抗性が強くなり、炎症が悪化し、組織の監視と修復に広く関わる抗炎症性マクロファージ群の発生が減少します (nature immunol 2014)。
注: 褐色脂肪細胞は通常の白色脂肪細胞と異なり、代謝がとても盛んで大量の熱産生をおこします。褐色脂肪細胞に似た特性を持つのがベージュ脂肪細胞です。
前回に紹介したスルフォラファンもそうですが、糖尿病の人全員に同等の効果があるわけではありません。遺伝子発現が偏った人にだけ効果があります。病名でなく病態をみて使う必要ががあるところは、証をみて漢方薬を使うことと通じる気がします。
平成29年7月26日