院長ブログ一覧

糖尿病増加のあれこれ

平成23年の日本の糖尿病人口は1067万4320人と多く、日本は世界第6位の糖尿病大国です。国際糖尿病連合(IDF)によると、2011年現在で世界の糖尿病人口は約3億6600万人、さらに2030年(〜20年後)には約5億5200万人に達するそうです。糖尿病は世界的に大変な勢いで増え続けるようです。

糖尿病人口の上位3ヶ国は中国、インド、米国です。2030年の予測でも順位は変わりません。
さて2030年の日本はどう予測されているでしょうか。IDFの予測では、日本はワースト10から外れます(10位はパキスタンで1140万人)。どうも歯止めがかかるようです。

健康日本21という国民健康づくり運動がありました。昨年(平成23年)に最終評価が行われています。糖尿病の項を読みますと、(1) 糖尿病を持つ人の数は増加傾向にあるが、年齢別にみると有意な上昇はない、(2) 糖尿病予備軍の増加が問題であるとなっています。

今の糖尿病有病者数の増加は主に高齢化に伴うものだそうです。平成22年における糖尿病有病者数は目標値(1000万人)を下回り、糖尿病増加を抑制する目標は達成したと結論しています。心筋梗塞などの心血管系の合併症は糖尿病予備軍から増加しますので、必ずしも喜んでいられないのですが、どうやら歯止めはかかりつつあるようです。


吹田市の糖尿病人口はどうでしょうか。単純に有病率11.20%(20-79歳)で計算すると3万人を少し超えます。これは吹田市の人口構成が日本平均と同じと仮定したときの数字です。

もう少し詳しく計算してみます。糖尿病の有病率は男女で、また年齢によって大きく異なります。そこで吹田市の人口構成をもとに糖尿病人口の計算を試みましたが、性別かつ年齢層別にまとめた統計がHPで見つかりませんでした。かわりに男女を合わせた年齢層別の統計がありましたので、これをもとに計算してみました。そうすると吹田市の糖尿病人口は約2万4000人と計算されました

どちらにしても、かなり多い数字です。糖尿病は予防できますので、糖尿病でない方はぜひ予防に努めてください。


平成24年11月25日

人工甘味料について

食べたときの満足感は「油っこい」+「甘い」の和が関連するそうです。最近は日本料理の「旨み」も独立した味覚として認識されていますが、カロリーの高いものにおいしく感じられる食品が多いようです。

糖尿病では「甘いもの」を求められる方が多いように思います。上に述べたように「甘み」を求めるのはとても自然で本能的なことです。問題点は、おいしく満足できるので、つい食べ過ぎてしまうことです。そのため、砂糖に代えて人工甘味料をお勧めすることが多いのです。今回は人工甘味料のお話です。

(質問)人工甘味料はダイエットに良いでしょうか。

甘味料の安全性の質問でなく、「やせるのに役立つでしょうか」という質問です。不思議ですが、単純にイエスとならないのです。ダイエットソーダを多く飲む人にメタボリックシンドロームや肥満が多いという成績があります。ダイエットソーダを飲む本数と肥満の発症が直線的に増加する成績もあります。「人工甘味料は体重増加に結びつく」というタイトルの記事まであります(JAMA2008;299:2137)。

どうも人工甘味料を摂ると、代償的に食欲が増加して食べ過ぎが増えるようです。食べ過ぎてしまう理由として、8つの可能性が考えられています。その中で興味深いのが、「舌」と「頭」が異なる反応を示すことです。その成績をご紹介します。


遺伝子操作をして味覚をなくしたマウスは、水と砂糖水を区別できません。しかし6日間条件付けすると、この2つを区別できるようになります。味覚がないのに、条件付け後は砂糖水を選ぶのです。


頭の中に島前部という薬物渇望や依存と関連している部位があります。この島前部は、人工甘味料よりも砂糖で強く反応します(ヒトの成績)。また中脳ドーパミン報酬系と呼ばれる快楽中枢があります。この報酬系は砂糖で反応し、人工甘味料で反応しません(ヒトの成績)。


まだいろんな成績がありますが、簡単にまとめますと、

(1) 人工甘味料は舌で甘く感じます。
(2) 身体はカロリーが入ってくると期待しますが、実際は入ってきません。
(3) そのため、身体は騙された状態になっています。「甘み」に伴う報酬が得られず、「渇望」も実は満たされていません。
(4) そのため報酬を求めて食欲が亢進するというのです。


人工甘味料で育てると、間食後の自然な食欲低下が起こらなくなる成績(ネズミ)もあり、人工甘味料の食欲への影響は大きいようです。

どうも人工甘味料を過信してはいけないようです。甘みに対する欲求が強くなり過ぎてないか、食べ過ぎ状態になってないか、確認しながら上手に使うようにしましょう。


平成24年8月19日

アクトスと膀胱癌の統計について

アクトスが膀胱癌を増加させる」可能性が指摘されて1年が経過しました。フランスは自国の成績をもとにアクトス処方中止を決定し、EUに中止をせまりました。しかしEUや米国、日本では根拠が不十分なため、科学的な成績が出るまで待つことにしました。心配されている方が多いと思いますが、この決着はなかなかつきそうにありません。

最近、同じ集団を対象にした2つの研究で、正反対の成績が発表されました。 (1) 英国医学雑誌の論文は「アクトスは膀胱癌を増加させる可能性」、(2) 英国臨床薬理学雑誌の論文は「増加させない可能性」を報告しました。今回はこの2つの論文を紹介します。

どちらも英国のプライマリーケアのデータベース(GPRD)がもとになっています。観察年度は2つの論文で異なりますが、それだけの影響でしょうか。

2つの論文の大きな違いは統計方法です。論文の中核にある統計方法は、(1) の論文はコホート内症例対照研究、(2) の論文はプロペンシティスコアを用いた手法です。


(1)の論文では、「膀胱癌1人」に対して「20人の対照」を選んでいます。実際の人数は「膀胱癌集団」が376人、「対照集団」が6699人です。この2つの集団を対象にアクトス処方と膀胱癌発症の関連を検討しました。この方法では対照の選び方が重要で、ここに偏りが出ると間違った結果が導き出されます。

(2)の論文では、まず個々の患者でアクトス処方を選ぶ傾向(プロペンシティ)を計算します。この傾向スコアが同一点になるように、アクトス「処方症例」と「非処方症例」を選んでいます。実際の人数は「処方症例」が17,249人、「非処方症例」が17,249人です。この2つの集団を対象にアクトス処方と膀胱癌発症の関連を検討しました。この方法は偏りをなくす手順(ランダム化)を統計的に行い、症例対照研究より優れた方法です。傾向スコアの計算をどのような変数で行うかが鍵になります。


比べ方がまったく違いますね。本当は、ランダム化して前向き(未来にむけて)に調査する方法がベストなのです。しかし、ベストの方法は実行がなかなか困難で時間もかかります。そこで過去の調査を生かす方法を考えて研究がなされたわけです。正反対の結果ということは、過去調査の限界を示しているのかもしれません

まだ学会報告(米国糖尿病学会2012)のみで慎重な対応が必要ですが、アクトスと膀胱癌関連の発端となったPROactive研究のその後です。追跡観察期間を6年に延長すると、最初に疑われた関連が認められなくなりました。PROactive研究は前向きランダム化二重盲検プラセボ対照試験です。この発表の丁寧な査読、および現在進行中の10年間の調査に期待します。

この問題に対して早く科学的な結論が出ることを期待します。


平成24年6月28日

我が国の糖尿病食事療法の歴史(3)

食事療法の歴史の最後の区分は、食品交換表時代(1960年代〜)です。食品交換表の原型は1920年代にさかのぼるそうです。

von Lichtwitz:白パン単位
Lawrence:黒と赤の食品リスト(黒が10g炭水化物、赤が7.5g蛋白質、9g脂質)  など


似たような交換表は我が国でも作られていました。1932年発刊の小澤、岩鶴先生共著の「糖尿病と食餌計算」には含水炭素等量表が出ています。さらに100kcalの交換表も作られていました。

しかし我が国に大きな衝撃を与えたのは1950年に作られた米国糖尿病学会の食品交換表であったようです。この表では食品を6表に分類していますが、我が国の交換表とは異なり、各表の1単位あたりのカロリーは異なっています。

この影響を受けて1960年頃から日本各地で食品交換表の原型のようなものが試み出されました。済生会中央病院堀内先生、東北大後藤先生は米国方式、岡山大山吹先生は独自の方法だったそうです。そして統一した食品交換表を作ろうとする機運が高まり、1963年に作成委員会が開かれました。


食品交換表作成委員会(第1回:1963年9月9日)
4群6表+付録の分類(主にどの栄養素を供給するかで食品を分類)
1単位80kcal、基礎食(1200kcal)の設定
食品交換表初版発刊(1965年9月10日、200円)


発表当時は、日本人の平均食事より蛋白質・脂肪が多く贅沢食と言われたそうです。1800kcalの食餌で、蛋白83g、脂質53gを含んでいました。当時の健常者は平均2184kcal 摂取していましたが、蛋白71g、脂質36gに過ぎませんでした。今の交換表と違って「基礎食+付加食」の考え方が使われていました。しかし特に指示をしなくても、当時は炭水化物を多く含む食品が付加食に選ばれていました

食品交換表は1993年に大改訂されました。カラーの大判になり、手にとって美しくなりました。この版で「基礎食+付加食」の考え方がなくなりました。それは付加食に脂肪を多く含む食品を選ぶ人が増えてきたためです。目安となる単位配分例が示され、「バランスのとれた食事」に近づける工夫がされました。し好食品の項目が新設され、「原則として好ましくない食品」と位置づけが明確になりました。

食品交換表を用いる方法は健康食としての評価も高く、現在に至っています。来年には新たな改訂が予定されています。


平成24年6月8日