明かりを消して寝ましょう
部屋を明るくして寝るのは身体に良くないと言われます。
心臓・代謝系への影響を調べた研究が報告されましたので、紹介します(PNAS 2022)。
夜の玄関程度の明るさ(100ルクス:40W白熱電球で直下距離が約80cmの明るさ)を3ルクス未満の明るさの場合と比べています。
対象は20人の若い人です。2泊してもらい、翌朝にブドウ糖負荷試験を行いました。脳波検査、心拍分析、メラトニン(睡眠に関連するホルモン)濃度も調べています。
明るい部屋で寝ると、ブドウ糖負荷試験0-30分のインスリン面積が増加し、インスリン抵抗性が増加しました(HOMA-R指数で15%増加)。メラトニン濃度は変わりませんでした。N2ステージの浅い睡眠が多くなり、深い睡眠の徐波睡眠とレム睡眠の時間が減りました。心拍数が多くなり、心拍変動が低下していました(交感神経が緊張していることを示します)。交感神経・副交感神経のバランスはインスリン面積と関連していました。
一晩でも、明るい部屋は心臓・代謝系に影響するようです。寝る時は明かりを消して寝ましょう。
令和4年6月22日
パキスタンの糖尿病
パキスタンの糖尿病の記事が出ていました(Lancet 2022)。我が国と比べてみてどうでしょうか。 簡単に紹介します。
パキスタンの糖尿病患者数は3300万人と推定されています。年齢補正して比べると、世界第3位の多さです。糖尿病はぜいたく病の印象がありますが、中〜低所得国の問題でもあります。パキスタンの糖尿病予備軍(耐糖能異常)は1100万人、うち890万人が未診断です。
パキスタンで糖尿病が多い原因は、遺伝的素因があるかもしれませんが、栄養状態の変化・ライフスタイルの変化が大きく影響しています。田舎から都市に人口が集中し、人口転換(多産多死から少産少死への移行)が、食事パターンや身体活動量を変化させています。
糖尿病に対する年間支出は1人当たり332.90米ドル(日本は3239.3米ドル)と少なく、その多くが自己負担です。パキスタンの健康管理システムは予算が少なく、負荷が過剰にかかっています。
官民連携が進んでおらず、糖尿病の教育、予防プログラム、早期診断が不十分です。若者や生殖年齢の女性の肥満、BMI(体格指数)増加が進んでいます。これらは、特に貧困層で顕著です。
すでに「女性健康ワーカー」システムがありますが、このシステムは家族計画、母子サービスに主眼が置かれています。糖尿病状況を改善するには、ここをてこ入れして糖尿病プライマリケアに積極的に取り組むようにするのが良いでしょう。
WHOやADA(米国糖尿病学会)の提言にもとづいた改善案が必要でしょう。それは (1) 先を見越したチーム連携ケア、(2) 自己管理の増強推進、(3) エビデンスに基づいた決定のサポート、(4) 医療情報システムの改善、(5) ライフスタイル変化に向けた地域社会の取り組み、(6) クォリティ向上を目指す健康システム環境 を含む必要があります。
パキスタン政府も動き出しています。疾病優先管理(第3版)を採択し、ここに1型、2型糖尿病の診断・治療戦略を組み込みました。パキスタン疾病管理センターを設立し、国民皆保険(Sehat Sahulat Card)を開始しました。これらの取り組みは早く結果が出ることが大切です。なぜなら、時間がかかると糖尿病の負担がさらに大きくなるからです。
記事はまだまだ続きますが、パキスタンの社会政策がうまくいき、糖尿病の抑制に成功することを祈ります。
令和4年6月2日
SGLT2阻害薬とGLP1作動薬の併用
まだ学会発表(American College of Cardiology 2022)の段階ですが、ちょっとびっくりする発表がありましたので紹介します。
動脈硬化が進んでいる糖尿病の人を対象に行われた「SGLT2阻害薬とGLP1作動薬」の研究で、両者を併用した人は単独使用の人に比べて全死亡、脳心血管イベントが大幅に減少したという発表です。
SGLT2阻害薬、GLP1作動薬は共に心血管イベントを減らします。併用するとさらに良い結果が得られるのではないかと考えて研究が始まりました。
対象は米国退役軍人です。虚血性心疾患、脳卒中、末梢血管障害を有する糖尿病患者で、SGLT2阻害薬、GLP1作動薬のみを処方されている121,174人を選びました。43.7%がSGLT2i単独、29.3%がGLP1作動薬、26.9%が両薬併用でした。
この中から傾向マッチングさせた3群(SGLT2阻害薬単独処方群、GLP1作動薬単独処方群、両者併用処方群)各5,277人を選びました。マッチングは年齢、性別、心左室機能(LVEF)、HbA1c、収縮期血圧、それに冠動脈疾患か末梢動脈疾患に基づいて行われました。
平均年齢は67歳、97%が男性、BMI 34kg/m2と肥満があり、HbA1c7.9%、腎機能eGFR55-66ml/分/1.73m2、LVEF 55%で、平均追跡期間は902日でした。
SGLT2阻害薬は主にジャディアンスが処方されていました。GLP1作動薬(全て注射薬)はビクトーザ、オゼンピック、トルリシティが多く、バイエッタは5%未満でした。
主要評価項目は、全死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中です。12ヶ月後の評価で、併用群はSGLT2阻害薬単独群に比べて46%、GLP1単独群に比べて主要評価項目が49%少ない結果でした。
併用による減少は主に全死亡の減少によるもので、全死亡だけに限るとそれぞれ83%、81%少ない結果でした。
まだ学会発表の段階で、はっきりしたことは言えないのですが、併用療法は単独療法より、脳心血管保護作用が強い可能性があります。今後の研究に期待します。
令和4年5月9日
新型コロナ感染後の糖尿病
新型コロナに感染した後に糖尿病が増えることが分かってきました。感染した直後でなく、急性期を過ぎてから発症する糖尿病です。
最初に紹介する論文はドイツの成績です(Diabetologia 2022)。880万人の観察集団から35,865人がコロナに感染しました。この人たちを傾向スコアを一致させた35,865人のコントロールと比べています。なお30日以降のステロイド使用者を除いています。
その結果ですが、コロナ感染者の2型糖尿病発症が15.8/1000人・年、コントロールが12.3/1000人・年でした(発症比1.28)。感染してから1年たっても発症のしやすさが残っていました。2型糖尿病以外の糖尿病では特に差を認めませんでした。
2つ目の論文は米国の成績です(Lancet 2022)。退役軍人の観察集団から糖尿病でない181,280人が新型コロナに感染しました。この人たち経過を同時期と過去の2つのコントロールと比べました。
コロナ検査陽性日から中央値で352日観察しています。同時期コントロールと比較して、糖尿病発症のハザード比は1.40と増加し、超過疾病負荷が13.46/1000人・年でした。糖尿病薬使用でみてもハザード比1.85でした。過去コントロールと比較しても同じ成績でした。新型コロナ感染症の重症度が高くなるとハザード比、疾病負荷が高くなっていました。
糖尿病も「新型コロナ後遺症」のひとつであるかもしれません。
令和4年3月26日